メキシコ
何時ごろに空港に着いていなければならないでしょうか
5月にメキシコ旅行をします。5月6日朝7時05分の飛行機でメキシコシティーを出発するのですが、無事、搭乗手続きをすませて飛行機に乗り込むには、何時ごろに空港に着いていなければならないでしょうか?なにぶん海外旅行ははじめてで....
メキシコ旅行
7月に用事があってメキシコのプエルトパジャルタというところに行くことになりました。子連れなのでなるべくのんびりしたスケジュールにしようと思っているのですが、まともに海外旅行をしたことがないので、旅行プランやら持ち物やらわからないことだらけで困....
海外に行くと吹き出物(にきび)がなくなるのはなぜ??
、私は海外旅行に行くと向こうでは必ずにきびが全くできなくなります。日本でできていたにきびは旅行先では無くなり、帰ってくるとまたいつものようにでき始めます。初めのうちは気のせいだと思っていたのですが、メキシコ・モンゴル....
サンミゲール デ アジェンデ
メキシコのサンミゲール デ アジェンデに旅行したいと思い、海外旅行のメキシコツアーを探しているのですが見つかりません。やはり個人プランのようなもので設定しないとないのでしょうか?又、サンミゲール デ アジェンデに行ったことのある方どんな町だったかとか、どんな....
子供ができるまで、行っておくといい国はどこですか?
私は、結婚して一年が過ぎます。そろそろ子供と考えいます。今、海外旅行に行くか、もしくは、子供が大きくなって手が離れる60才前ぐらいから行くかどちらかです。来年、あと一回だけ行こうと思っています。今までに....
アメリカ国内での乗り継ぎについて
不安です。旅行会社の人は乗り継ぎは簡単ですよと言われましたが、ネットなどでは、乗り継ぎの時間が短いと大変とありました。(入国審査が面倒なようで) 実際にカンクンに行かれた方・海外旅行経験者・海外旅行に詳し....
食べ物がおいしい国、期待できない国。
海外旅行に行くなら、食べ物のおいしさははずせないところではないでしょうか。皆さんが行かれた国(場所)で、ここはおいしかった、期待はずれだったという場所がありましたら、自由にご意見・ご感想を話してください。参考にさせ....
ズバリ、ハワイの魅力は何ですか?
海外旅行は、アメリカ本土、メキシコ、台湾、香港、グアムなどいろいろ行きましたが、なぜかハワイはまだです。一度ハワイにも行きたいのですが、ズバリ、ハワイの魅力は何ですか?ハワイを満喫する方法は?....
仕事の向き不向き
語とフランス語を習い始める・地理と歴史は勉強不足で非常に苦手な分野・過去の海外旅行はカナダ、アメリカ、メキシコ、シンガポール・旅行計画を立てるのが得意。旅行会社のスタッフの方とのやり取りの中にやりがいを感じます。(笑)・在カナダ中に....
メキシコ
昔行った海外旅行(メキシコ編)
最初の海外旅行はメキシコだった。18年くらい前の話しである。 いきなり強烈なところに行って来た。 きっかけはいろいろあるが、それまでの私はあまり海外旅行なんぞ、あまり興味がなかった。 教師になり、日本人学校を勤務した先輩から ...

メキシコ・中米・カリブ海
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ガイドブック B19 メキシコ
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海外旅行ツアー検索
... ツアー検索 予算・旅行日数から海外旅行パックツアー検索 こだわり海外旅行パックツアー検索 コース番号・キーワード検索 など 行き先 ハワイ グアム・サイパン(ミクロネシア) アジア(インド含む) アメリカ・カナダ・メキシコ ヨーロッパ オセアニア ...

めきめきメキシコ―情熱と暴走とチューのメキシコ旅行
パスポート申請で海外旅行へTop > カナダ旅行 > めきめきメキシコ―情熱と暴走とチューのメキシコ旅行 めきめきメキシコ―情熱と暴走とチューのメキシコ旅行めきめきメキシコ―情熱と暴走とチューのメキシコ旅行 Kuma*Kuma 定価: \1,575 販売価格: \1,575 ...

メキシコの珍しい現象
昨年、旅行の際に出会ってお付き合いいる、大阪にお住まいの、 INABA様が、メキシコ旅行された際に珍しい現象に出合い、 その写真が送ってきましたので ... 海外旅行は一度行くと、病み付きなりますが、 私は、経済が許さないので行け ...

世界の建築・街並みガイド〈6〉アメリカ・カナダ・メキシコ
パスポート申請で海外旅行へTop > カナダ旅行 > 世界の建築・街並みガイド〈6〉アメリカ・カナダ・メキシコ 世界の建築・街並みガイド〈6〉アメリカ・カナダ・メキシコ世界の建築・街並みガイド〈6〉アメリカ・カナダ・メキシコ 定価: \1,890 販売価格 ...

メキシコ犬
... メキシコへのツアーは こちら から そのほかのツアーは こちら から 現地記者:サッチー メキシコに語学留学後、1977年に渡航。 のべ28年間メキシコ生活。 現在、観光ガイドの仕事をしている トラックバック この記事へ ...

メキシコ
メキシコ
サントドミンゴのコロニアル都市を訪ねて・・・・【教会/博物館編】(by Krisflyerさん)
カリブ海の国に旅行するのは実に2000年のカンクン以来である。7日間の休みしか無い為、随分駆け足な旅行にはなってしまったが、こじんまりとしたコロニアル都市を廻るには十分であった。
ドミニカ共和国はカリブ海に浮かぶ島その名もイスパニョーラ島の東半分を占める国であるが、メキシコ人をして「天国」といわしめる程、ビーチリゾートが素晴らしいらしい・・・しかし今回はその様な物には目もくれず、コロニアル都市の史跡めぐりに集中した。
サントドミンゴは始めのイメージであったメスチソの国とは違い、大半が黒人とスペイン人の混血、つまり審判にボールをぶつけて帰った某巨○のガルベスとかバットにコルク疑惑のサミーソーサの様な人が多いのである。それでも音楽が流れたら踊りだしたり歌いだしたりするのは他の中米諸国と同じく・・・・。
サントドミンゴの町自体は広場を中心にきちんと碁盤の目に整理され、コロニアル様式の低層建築が多いこじんまりとした町で、所々にカトリック教会が有る。他にはスペイン統治時代の城や防護の為の砦、或いは統治者達の住居等も見所である。
そんなサントドミンゴの町を2日間かけて徒歩のみで巡ってみた。
アメリカ・カナダの旅?です。(3)(by outdoor-manさん)
アラモ砦あとがあるテキサス州サンアントニオ。
日本人がほとんど来ていないようで、有名どころのアメリカの町とは比べ物にならい暖かい人情味のある街でした。
添付の写真は、アナログ写真をスキャニングしたものです。
年越しハワイ(by 紅昴さん)
一度は行ってみたかったハワイ。芸能人みたく、年末年始に行ってきました。
大まかなスケジュールは
12/28
移動⇒到着、ホエールウォッチング
12/29
ロングボードレッスン
88tees,CROCKS購入
12/30
ノースショアツアー
12/31
アラモアナ・ボウルズにてサーフィン
カウントダウン
1/1
初日の出クルーズ
ダイヤモンドヘッド登頂
カヌーズにてサーフィン
1/2-3
帰国
詳細な旅行記は以下に。暇な人は読んでください。
12/28
今日はハワイに出発する日です。フライトは夜なので、ゆっくり昼過ぎに直江津を出発。強風の影響で電車が遅れる・・・。新幹線で後ろの席の『コウスケ』くんが怒られる。『コウスケ、やめなさい』と。寝てたのに起こされてしまったよ。そんなこんなで上野で京成線に乗り換え、成田空港に到着。別送のサーフボードを受け取り、コートを預け、いざチェックイン!最後にうどんを食し、出国。何となく遅れる印象のあるノースウエスト航空。とりあえず今回は定刻通り出発。若干揺れつつホノルル国際空港に到着。日付変更線をまたいだため、同じ日の朝に到着。なんか変な感じ。到着後はJTBのバスでアロハタワーに向かい、滞在中の説明を受ける。少しゆっくりして、早速JTBのクーポンを使ってホエールウォッチングへ。海上からワイキキを眺めていると、『11時の方向にクジラだ〜!』潮吹きや姿を見て満足し、ビュッフェランチを食す。ランチの後はフラダンスレッスンに参加。ウクレレレッスンに参加したかったが、港に到着してしまう。残念。船から降りて
、スタバに行って、JTB専用のトロリーバスでホテルのあるワイキキへ。このJTB専用トロリーはJTBのツアー客なら自由に乗れるトロリーで、かなり便利。次回のハワイもJTBにします。でもってホテルに到着。パーシャル(部分的)オーシャンビューとの事だったが、幸運な事に角部屋だったため、オーシャンビューと同じだった。しかも33階!高くてこえー。部屋に入ると、さすがに疲れたか、嫁は昼寝。俺は荷物を整理したり部屋から見えるダイヤモンドヘッドを眺めたり。夜になり、食事に出かける。ガイドブックでいろいろ調べるも、結局はホテルの近くのメキシコ料理屋へ。食事前にナチョチップスが出てくるあたり懐かしかった。食事後はABCストアでビールや朝食を調達し、ホテルへ。ビール買う時にIDの提示を求められた。念のためパスポートのコピーを持っていたので購入できたが、徹底しているなぁと関心。ビールを飲み、天皇杯の結果が気になりながらも早目の就寝。
12/29
ハワイ2日目。今日は体ならしのロングボードレッスン。講習を受け、いざ海へ!パブリックスというポイント。インサイドはかなり浅く、ゲッティングアウトの際に何度もフィンをこすった。簡単に立てるかと思いきや、最初は立てず。嫁は一発目にスタンドアップ。なにー。って言うか子供や女性は波が無くても板の上に立ってますが・・・。立った後に板の上をチョコチョコ歩くのは出来たけど、ターンは出来なかった。板が長いとターンは難しいのね。まさに一長一短。レッスンが終わり、レッスン中の画像CDを買ってホテルへ。昼食はJTBのクーポンが残っていたので再びアロハタワーへ。飲茶を食し、軽く買い物。サンダルのネックレスやハワイアンなドレスを購入。俺は特に欲しい物も無いので何も買わず。その後は別のショッピングセンターに行き、近くのアイスクリーム屋で超でかいアイスを食す。腹いっぱい。帰るついでにDFSギャラリアのJTBでネットを。アントラーズ準決勝で敗退・・・。ハワイに持参した田代のユニを着る事は無くなって
しまった・・・。その後に嫁が欲しがったサンダルを探したら、88tees近くらしいので、先に88へ!ハワイで買おうと思ってた唯一の自分へのお土産。嫁や姉の分も購入し、満足。その後、下のサンダル屋へ。CROCKSという店で俺は黄色,嫁はピンクのサンダルを購入。ホテルへ戻りアイスで腹いっぱいなので、ビールとポテチで就寝。
12/30
今日はノースショアツアーに参加する日。朝はABCストアでスパムむすびやスタバのコーヒーなど。午前中はゆっくりして、11時頃にホテルを出発。何故かガイドさんの犬も一緒。ガイドさんの軽快なトークに揺られ、先ずはポキのお店に到着。ポキを調達し、いよいよノースへ。ハレイワの街の入口で今度はシュリンプ・スキャンピを買う。その後ハレイワのスーパーマーケットで飲み物と近くでフリフリチキンを買う。後はビーチへレッツゴー!有名なパイプラインのビーチへ。そこでランチをとり、少しビーチで遊んだ。エビもチキンも最高に美味い!そしてノースの水は冷たかった〜。波は小さい方だと言ってたけど、やはりでかく見事なチューブだった。その後、別のビーチでウミガメやまた別の海岸で沖のクジラを見たり、ノースの有名な看板で写真を撮ったり。そしてハレイワの街を散策し、レインボーのシェイブアイスを食べ、サーフアンドシーで買い物。ロンTとタンクトップを購入。そしてサンセットを眺めてワイキキに帰着。夜は韓国料理のプレートランチをテイクア
ウトで。これもまた美味い!という事でビールを飲んで就寝。
12/31
今日はサーフィンの日。朝食にサンドイッチやカップヌードル,オレンジを食べ出発!今日のサーフガイドはタカシ君。ダイヤモンドヘッドは風が強いとの事で、風をかわすアラモアナ・ボウルズへ。有名なポイントだけにちょっと感動。ただ今日のサウスは全体的に波は小さい模様。体操をし、早速ゲッティングアウト!・・・遠い。ブレイクまでめちゃめちゃ遠い・・・。若干ヘロヘロになりながらブレイクポイントに到着。しかし本当に波が小さい・・・。しかも周りはロングボードが多く、波を捉らえられず。消化不良のままガイドさんにロングボードを借りる事に。しかしどうしてもロコが乗ってくると同時に行けない。結局全然乗れず。波のサイズの割に人が多すぎたかな。シャワーを浴びて、ホテルへ。途中ガイドさんからグルメ情報をゲット。そして店のステッカーをもらえる事に。昼食は教えてもらった燦鳥(サントリー)へ。10ドルで鉄板焼きランチが食える。美味いしかなりお得。ショッピングセンターをうろうろしてホテルに戻り昼寝。そして大晦日ディナーは宿泊
しているホテルのレストランで。レストランに大型の水槽があり、魚がたくさん泳いでいて餌付けも行われる。トロピカルカクテルを飲みつつ、シーフードをほおばる。食事後は夜寝。年明け直前に起こしてもらい、部屋のベランダから街中であげられている花火を見物。そうこうしているうちにワイキキビーチ(海上)で本格的な打ち上げ花火が始まった。角部屋オーシャンビューだったのでそれもバッチリ見る事ができた。今年もよい年になりますように。
1/1
今日は早起きして初日の出クルーズに出かける。5:30にホテルでピックアップ。乗船し、トロピカルカクテルを飲み、おせちと雑煮を食べる。そして7時ちょっと過ぎに初日の出。今年もよい年になりますように。このあたりから船酔い者続出。新年早々かわいそうに。船の中では大抽選会がスタート。コナコーヒーやマカダミアナッツなど。嫁はトロピカルティーとチョコクランチをゲット!船を降り、『幸せなら手を叩こう♪』と歌いながらホテル帰着。部屋に戻らずに、先日のサーフスクールに、ステッカーを物色に。スクールの創設者であり元サーフィンチャンピオンのハンズ・ヒーデマンに遭遇し、ステッカーにサインをゲット!そしてABCストアでカップ焼きそばUFOを買い、部屋で食す。美味い。その後寝直して、嫌がる嫁を無理矢理連れてダイヤモンドヘッド登頂へ。途中まで風が無く、暑い暑い。嫁は文句タラタラ。しかし上るにつれ風も出てきて、やっと涼しくなる。頂上では元旦と言う事もあり、登頂証明書を購入。2ドル也。写真を撮り、下山
してストロベリースムージーを飲む。冷たくて美味い。トロリーでホテルに戻り、先日の韓国プレートランチ屋でビビン麺をテイクアウトし、部屋でいただく。美味い。その後は昨日のリベンジとばかりにワイキキビーチで波乗りを。カヌーズという有名で一番混んでいるポイントへ。やはり波は小さく、苦労したが、何とか乗れた。冬のサウスにショートは厳しいようです。夜は三度韓国プレートランチ。カツも美味い。
1/2-3
三度目のニューヨーク(by かねかねさん)
今年はマイレージを貯めようと思い、もう1回どこかへ行かないとならず、予算と距離を考えたらニューヨークになってしまった。三回目なので最初は何も期待せず行った。現地でいろんな人に出会い、いろんな所を訪れ、いろんな物を食べた。ニューヨークは何度行っても楽しめ、奥深い所だと思いました。
【旅行時期】2006/11/17~2006/11/22
【エリア】
ニューヨーク
【テーマ】
【投稿者】
かねかね
2004年7月 トロントプチ留学(by yoko-saisaiさん)
なんとか2週間の休みを取って、カナダのトロントでプチ留学をしてきました。
海外の街に、旅行ではなく、ステイするということは予想以上に楽しく、素敵なことでした。
午前中の9時から12時まで、学校で英語のレッスンを受け、公共の交通機関TTC(地下鉄、バス、ストリートカー)で街をブラブラあてもなく観光をした後、パブリック図書館で復習・予習をするという毎日でした。※トロントパブリック図書館は、日系3世の方がデザインされたらしく、建物の中に日本庭園や枯山水などがあり、とても素敵な図書館です。癒されます。インターネットやPCも無料で使用できます。
週末はナイアガラの滝へ観光に行ってきました。この旅行記もアップしておりますので、よろしかったらご覧になってください。
毎日が本当に新鮮で刺激的で、日本での仕事のこともすっかり忘れてしまえるほど楽しかったです。トロントは住み易い街のランキングでいつも上位にランクインしているそうです。治安はよいし、街はきれいだし、食事もおいしいし(トロントは世界で一番人種が多い都市だそうで、トロントにいるだけで世界中の国の料理を食べることができます!)、本当に大好きな街です!もう一度、長くステイしてみたいです。
写真は、CNタワー(553.33m)です。人が登れるタワーの高さとしては世界一だそうです。
カステジョン県 城巡りの旅 Morella泊(by MILFLORESさん)
前々から行きたかった村。
城壁に囲まれ、岩山の上の城に見下ろされる
MORELLA(モレージャ)。
VALENCIA州は北から
CASTELLON(カステジョン)
VALENCIA(バレンシア)
ALICANTE(アリカンテ)
の地中海に面する3県から成り立ちますが、この旅ではカステジョン県の内陸に位置するMORELLAが第一目的。偶然にも村の夏祭りの週に当たり、着いた日はエンシエーロ(牛追い)の日。
面白いものを見ることが出来ました。
欧州・バックパッカーの旅【30】 フランス・「聖母マリア出現の奇跡の聖地」ルールドとバスク地方のバイヨンヌ(by さすらいおじさんさん)
10月8日は10:07トゥールーズ発の列車で12:05ルールド着。ルールドを知ったのはマリア像が浮かび上がった奇跡の布で知られるメキシコ・シティのグアダルーペ寺院で世界3大奇跡の説明を受けたときだ。世界3大奇跡はメキシコのグアダルーペ(1531年12月9日聖母マリア出現)、ポルトガルのファティマ(1917年5月13日聖母マリア出現)、とフランスのルールド(1858年2月11日聖母マリア出現)とのことでルールドには機会があれば訪問したいと思っていた。ルールドは人口2万人足らずの小さな街だが、年間170以上の国から数百万人が訪れるカトリック最大の巡礼地の一つになっている。1858年2月11日、14歳の貧しい粉屋の娘マリー・ベルナデットは薪拾いに行ったポー川のほとりのマッサビエル洞窟にあらわれた聖母マリアと対面する。ベルナデットはその後17回も同じ洞窟で聖母マリアに逢っているそうだ。聖母マリアは2月25日の対面でベルナデットに「泉の水を飲み、その水で顔を洗えば奇跡が起きる」と告げた。ベルナデットの奇跡を聞いた人達はマッサビエル洞窟に連日大勢集まり、ベルナデットが聖母マリアと対面する真剣な姿を見て信用しなかった人も奇跡を信じるようになる。3月1日、右手の指が動かないカトリーヌ・ラタピ・シュアという39歳の女性が泉に手を入れると瞬時に指が動くようになった。これがルールドの医務局の奇跡発生名簿に第1号として記録されているそうだ。3月3日には54歳の石工の男性、ルイ・プリエットの右目が黒内章でほとんど失明状態だったのが泉の水で洗うと瞬時に見えるようになり、医師の確認のもとに奇跡第2号として登録されているとのこと。
それ以後、たくさんの病人が「聖なる水」を求めてルールドに訪れるようになった。「聖なる水」を飲んだり「聖水浴」をすると病気が治ったという奇跡は以後何度も起こっているそうで、病気を持っている人達の参拝は絶えない。聖域の中には病の治癒を願う信者のための「聖母病院」もある。この日も大勢の人達が「聖なる水」を汲み、洞窟を参拝し、「聖水浴」を受けていた。多くの重病人の奇跡的治癒が実際に起きているという現象はカトリック信者と医者、科学者との間やローマカトリック教会とフランス政府との間で、論争を起こしてたそうだ。論争の中で科学者がこの泉の水を調査・分析したが、特別な成分は含まれず普通の湧き水だとの報告をしている。奇跡をなかなか理解できない凡人の私の感想だが、「病は気から」の諺のように神を信じ、病が必ず治ると信じる前向きな強い気持ちが病気を追い払っているのではないだろうか。
私も泉の水をペットボトルとルールドで買った聖母マリア像が描かれた水筒(3.8ユーロ・570円)いっぱいにいただいて数日で全部飲んだ。この旅では聖水のお陰か、「ルールドの聖水を飲んだという思い」があったからか風邪も引かず、腹もこわさず、3ヶ月間病気をすることは無かった。カトリック最大の巡礼地参拝は貴重な体験だった。
ルールド16:10発の列車でフランスのバスク人の街、バイヨンヌに17:45着。バスク地方はスペインとフランスにまたがっており、バイヨンヌはフランス側のバスク地方の中心地。バスク博物館で少し話しを聞くことができたが、スペインではバスクの独立運動を聞くのだが、フランス側では独立志向は無いとのこと。スペインとフランスのバスク人同士の連携もあまり無いようだった。
バイヨンヌ19:07発の列車で23:15のトゥールーズに戻り、深夜0:08発の夜行列車でニースに向かった。
(写真は聖母マリアが出現した奇跡の洞窟に参拝する人達)
アンデスへ3(by buchijoyceさん)
5月21日(土)曇
機内で入国票を書く。この半券は帰るとき必要なのでとっておかなければならない。リマ6:55着。入国審査に時間をとられた。やっと終わって、荷物を持って外に出ると「風の旅行社」の黄色い旗を持った女性が待っていてくれた。金城さんである。車で、ペンション・カンツータに到着。金城さんは11時に迎えに来るからそれまで休んで、と言って帰った。シャワーを浴び、さっそく洗濯をする。
カンツータの中庭はきれいな花が一杯咲いている。小鳥がたくさん飼われていて雰囲気がいい。ペンションの1、2階部分が「ポコ ア ポコ」という民芸品のギャラリーになっていて、素敵な織物がいっぱい。3階が宿泊施設になっていた。部屋にはつっかけやぞうりが備え付けてあった。ご主人がお茶をいれてきてくれた。「わぁ、美味しい。私は静岡県出身ですから、お茶は好きなんですよ」「ウチの家内も富士の出ですよ」「あらまぁ、ご近所だ」リマではNHKテレビが入る。
11時お迎えが来たので、車でリマ市内見物に行く。ガイドの金城さんは結婚してリマに来て35年という女性。ペルーの歴史から政治まで広範囲に話してくれる。12時に行われる大統領官邸の衛兵の交代を見に行ったのだが、交代式はなし。庭先を修理中だとかで、明日からまた交代式は行われるのことだった。ジャカランダの花を見た。紫の桐のような花がきれいだった。
大統領府の屋根に旗が二つ翻っている。一つはペルー国旗。もう一つは虹色の旗だ。「あれ、虹色の旗!」と指差すと「あれはインカの旗ですよ」「そうなんですか。以前、フィレンツェで大きなデモがあったんですけど、その時使用されていたのが虹色の旗、真ん中にPACE、平和って書いてあったんですけどね。ふ〜ん、インカの旗だったんですか。なんでインカの旗を使ったのかな。どういう意味なんだろう。」
ボリーバル・ホテルに残る大理石のホール、その上には花模様のステンドグラスがある。昔の金持ちの家はこういう形式の家作りをしたとのこと。古い形式と言うと、広場に面して続くバルコニーのついた家並み。バルコニーは精緻な木彫りで模様で作ってある。単なる張り出しはなく、部屋の一部として作られ、そこから外を見ながら生活していたようだ。特に女性は外に出られないので、そこから外を見て楽しんでいたらしい。こんな話、どこかでもきいたな。インドのマハラジャの王妃たちの話だったかな。リマの古い町並みは世界遺産に指定されている。スペイン風の町並みである。
「ボリーバルというとシモン・ボリーバルを思い出しますけど、なにか関係あるんですか?」「ええ、シモン・ボリーバルと関係があるんですよ。シモン・ボリーバル、よくご存知ですね」「ええ、私が育てていたバラの花の名前だったんですよ。シモン・ボリーバルってどういう人だったんだろうって、それで教えてもらったのです。もともと南米にバラはなかったんですね」
大統領府、市役所、以前は市役所の前の噴水のところにピサロの騎馬像が設置されていた。しかし侵略者の像を市役所の前に置くのはどうかという意見で、現在は取り払われ、新しい公園に移されている。歩いてもすぐのところにある。ピサロの像が立つその後は建築廃材の捨て場になっている。面白い対称だった。リマの通りの名前は国名や都市名、そして有名人の名前が多い。そして教会が多い町でもある。もちろん教会は立派である。カトリックの神父さんは超富豪であったようだ。
食事に行く。ペルー料理だ。ペルー料理は食材も豊富で美味しいとは聞いていた。だからぜひ食べたいと楽しみにしていた。なるほど、セビッチェは美味しい。生魚、カニ、エビ、タコ、貝、紫玉ネギなどなどが、レモンの酢であえてある。アロス コン マレス、魚介類をサフランではないが、黄色く色づけるものと炊き込んだご飯、カニの炒め物、カニやタコを煮込んだスープ、料理の付け合せにはタロイモのゆでたもの、この地ではユカという、揚げたものも美味しいといってわざわざ揚げてもらった。ほんと、ほくほくして美味しかった。真っ白な大きな実のとうもろこし、黄色い甘いサツマイモ、どれも美味しかった。飲み物は眠くなってはいけないので、アルコールは抜きにして、紫とうもろこしのジュースをとった。ブドウ液のようにきれいな紫だ。しかし、甘すぎて私にはどうも。Papasanは3種類のビールを飲み比べている。ピルセンとクリスタルとクスコーニャ。一番クスコーニャが気に入ったみたいだ。
ここで5種類の芋を食べた。ジャガイモもとうもろこしもトマトもペルー原産だ。「唐辛子の原産地をご存知?」と金城さんが聞く。「メキシコと聞いていますけど」「ペルーから行ったものだと思いますよ。食物はペルー原産のもの多いのですよ」「ペルーかどうかはっきりしませんが、アマゾン原産のもの多いですね。パイナップルもそうだし・・」「そうなんですよ」
ペルーでレモンと呼ばれているすだちに似た小さな青い柑橘、さっぱりした酸味だ。これがあるからペルーのセビッチェは美味しいのだと金城さんはいう。そうかもしれない。お腹一杯食べた。日本人向けに量を半分にしてもらい、それを3人で分けて食べたのだが、それでも残してしまった。
黄金博物館に行く。緑豊かな敷地に建つ博物館。このオーナーは武器や武具のコレクターだったのだそうだ。発掘されたおびただしい黄金の細工物、陶器、や装飾品の見事な細工。金城さんが簡単に年表を作ってきてくれた。ペルーに起こったプレインカの文化をまとめてくれたのである。分かりやすい。
ところがここに来て、いきなりふらっとしてしまった。あやうく倒れそうになってPapasanにしがみついた。気を失うと言うのはこういうことなのだろうか。眠気からである。車に乗っても眠くて眠くて、こっくりこっくり。海岸を案内されたあと、ホテルに帰り寝てしまう。
8時から食事。
ここのオーナーの奥さんの香苗さんは美大出で、染色と織物を追及して、とうとうここに居ついてしまったと言っていたが、センスがいいのだろう、並んでいる作品はとても素敵だ。当然、ペルーの文化にも造詣が深い。実際に遺跡などにも行っている。カラル遺跡の写真もみせてくれた。カラル遺跡についてはテレビでみている。こりゃぁ、いいところに来た。めずらしいことに、買い物には興味のないオバサンがスウェーターやマフラーを買った。もちろん寒さを警戒してのこともあったが。
食事は和食を出してくれるとあったが、なるほど、てんぷら、うどん、アボガドの刺身、漬物各種、白いご飯、というものだった。ウドンは食べないし、てんぷらもよそではたくさんは食べない。ご飯も日本のものに比べたら、味は落ちるが、ジャポニカ米だしいける。ちょうどナスカへ行ってきたご夫妻と仕事で来ている男性二人にカンツータのご夫妻と私たちで、にぎやかな食事。
参考:金城さんが手書きしてくれたペルー共和国の年表
1821年7月28日 独立宣言
1532年 スペイン 植民地
インカ 9〜13代
1400年 チムー文化 チャンカイ文化(天野)
1200年 シカン文化
ランパジェケ文化
1000年 ________
ワリ文化
600年 ________
モチカ文化 ナスカ文化
300年 リマ文化
0年
100年 チャビン文化 パラカス文化
2500年 コトシュ カラル遺跡
5000年 農耕文化
(註:農耕文化はリマの博物館ではBC8000年ごろと教わった)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NB:2004年12月5日の私の日記から抜粋
6時から遺跡ロマンで、アンデスのカラル遺跡を取り上げていた。私たちは古代文明を4大古代文明として教わっている。しかしそれにふたつ加えて6大古代文明というのだという。エジプト、メソポタミア、インド、中国、メキシコ、ペルーの6つである。
人類は食料とねぐらを求めてその日暮をしていた。それが都市を建設し、文明を築き上げるようになる。なぜ文明が生まれたのか。この都市建設の時点をGreat devide(大分水嶺)というのだそうだ。
文明の共通点は土器をや金属をもち、巨大建造物をつくっている。
建造をつくるにはリーダーがいなければならない。
多くの考古学者たちの共通の意見は都市を作る源には戦争の恐怖があったからだ、という。これにはちょっとひっかかった。狩猟民族の欧米人らしい発想だ。まぁともかくと、最後まで見ていた。それを証明するためにマザーシティと言われる古代の都市を発掘し、そこから証拠品を見つけて学説を証明しなければならない。
多くの遺跡は、その上に新しい都市が築かれているので、古い遺跡を探し出すのは至難の業だ。その点、手付かずに残されているのが南米の遺跡だ。
カラルに残っている小高い丘、そこにはピラミッドが埋もれていた。カラルは5000年前に栄えた都市文明の後である。しかも繁栄した都市であった。いくら調べても、カラルには戦争の形跡は微塵もなかった。学者たちは戦争がなくても、都市が築かれ栄えた例として学説を変える。カラルの人々は楽しむことをしっていた。笛やコカや媚薬が見つかった。宗教儀式は行われ、コカで興奮状態になることがあったのだという。
カラルのまわりには川があり、アンデスをくだり、太平洋に注いでいる。この川から灌漑し、豊かな農村が出来ていたのだろう。海から遠いこの地で海の魚の骨が見つかっている。綿の実も布も見つかっている。それ以外に綿で出来た魚網も見つかっている。これから海の地域の人たちとも交易も盛んだったことがわかる。アンデスの山の奥地からの物質もある。交易のネットワークがカラルを中心にして広がっていたのだろうと、学者たちは推測する。そして、文明を作り出したのは、戦争ではなく、交易であった、と結論した。
うん、これはうれしい結論だ。
ホワイトサンズ、カールズバッド、シウダー・ファレス(メキシコ)(by daidさん)
白く輝くホワイトサンズを撮るため、4日で3度訪れました。(2度曇り空にみまわれました)
初日:夜、エルパソ(El Paso)空港到着。エルパソ空港傍ホテル泊
2日目:レンタカーを借りて、エルパソ空港⇒ホワイトサンズ国立公園⇒アラモゴード(Alamogordo)泊
3日目:アラモゴード⇒エルパソ⇒トローリーバスにのってメキシコシウダー・ファレス(Ciudad Juarez)観光⇒エルパソ泊
4日目:エルパソ⇒カールズバッド洞窟群国立公園⇒ホワイトサンズ国立公園⇒アラモゴード泊
5日目:アラモゴード⇒ホワイトサンズ国立公園⇒エルパソ泊
6日目:早朝エルパソ空港⇒帰国
2〜3日目は悪天候(雪)のため、思うとおりの行動が取れなかった。
5日目は当初から予備日として設定していたため、再度ホワイトサンズへ向かった。
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