アメリカ

アメリカ 英語のマメ知識?

先日アメリカの人と話す機会があり、趣味の旅行の話になりましたが、国内旅行と海外旅行という単語が思いつかなくて苦労しました。旅行=travelは知っているのですが、どなたか教えて下さい。お願いします。....

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アメリカ 初めての海外旅行 アメリカ

9月に友達とアメリカに旅行に行きます。場所はLAとラスベガスです。初めての海外旅行なので何を持っていったらよいか分かりません。一般的なものはわかりますが。これは持っていった方が便利だというものがありましたら....

  初めての海外旅行 アメリカの詳細


アメリカ 海外旅行保険について

が、海外旅行保険というのは必要なものなのでしょうか?クレジットカードにも海外旅行保険のようなのが付いているものがありますが、これでもほぼ同じようなものならばクレジットカードを契約したいと思っています。すいませんが海外旅行保険について....

  海外旅行保険についての詳細


アメリカ アメリカビザ申請直後に海外旅行ーパスポートは??

。しかし、ビザ申請の後一週間以内に海外旅行に行くことになってしまいました。ビザはパスポートに判が押され、返送される形で発行されるんですよね?そうすると、私はパスポートがないので海外旅行にいけないことになってしまいます....

  アメリカビザ申請直後に海外旅行ーパスポートは??の詳細


アメリカ ハワイ→アメリカの旅行

旅行を考えております。今はハワイに1週間+アメリカに1週間を考えてます。ただ、この場合、ハワイでショッピングしてそれを持ってアメリカには行けないはずと友人に言われたのですが、本当なのでしょうか?また、2週間ほどの海外旅行....

  ハワイ→アメリカの旅行の詳細


アメリカ 各国の海外旅行経験者の数

日本人で海外旅行をしたことがある人は全体で13パーセントしかいないと聞きました。では日本以外の国で、イギリスやアメリカ、台湾などはどのくらいの人が海外に行っているのか気になりました。自分でもネットで調べてみたのですがわか....

  各国の海外旅行経験者の数の詳細


アメリカ 初めての海外 アメリカへ一人旅 心得等を教えてください。

います。海外初めてというのと、一人旅なのでツアーを考えているのですが、フリーの日はどこを見に行けばいいでしょうか?初海外でアメリカというのは無謀すぎでしょうか?初海外旅行+女一人旅の時の旅行先で無難....

  初めての海外 アメリカへ一人旅 心得等を教えてください。の詳細


アメリカ 永住権待ちの時・・・。

のですが、その弁護士は、申請中でも、海外旅行は、問題ないと言いました。でも、最近回りの詳しい人は、申請中に海外に行くと、申請取り消しになるって言われました。2月にアメリカに行くつもりだったので、どっちを信じ....

  永住権待ちの時・・・。の詳細


アメリカ 海外に数年いく場合の保険

海外経験がないのですが、その時は東京海上の海外旅行保険に入っていました。今回は学校に医療機関があって700$くらい(?)の保険に入ると治療を受けられるそうなのですが、どうしようか考えています。アメリカから他国に旅行....

  海外に数年いく場合の保険の詳細


アメリカ

海外旅行日記3 カナダ・ナイアガラ→アメリカ・NY州 移動編 ...

... 北米中を駆け回ったらしい。 列車といえども、当然、カナダ→アメリカ間で税関があります。こっちに来る飛行機が直行便じゃなくて、アメリカ(シカゴ)を経由していたのでそのときに取得したビザ免除のおかげで ... (つづく。) Tags: 日常 海外旅行

海外旅行日記3 カナダ・ナイアガラ→アメリカ・NY州 移動編 ...

昔行った海外旅行(アメリカ西海岸編)

アメリカ西海岸はどこか憧れ的なものがある。 太平洋に面した土地で生まれ育ち、この海岸から見る海のぞっと向こうにはアメリカがあるんだと、なんとなくわかっていた。 叔父や叔母たちの影響もあるのだろうか、それともただ単に ...

昔行った海外旅行(アメリカ西海岸編)

海外旅行の人気国トップ――アメリカ

海外旅行の人気国は、トップがアメリカ、続いてタイ、イタリア、フランス、ドイツの順になっています(※アップルワールド社調べ)。 ここでは、人気トップのアメリカの魅力について少し触れてみることにしましょう。 アメリカは ...

海外旅行の人気国トップ――アメリカ

海外旅行の旅ウェブ 『人気エリアのホテル料金を大幅値下げ ...

海外自由旅行予約サイト「旅ウェブ」は、「人気エリアのホテル料金を大幅値下げ!アメリカ西海岸ホテル特集」を発表しました。 [旅ウェブ株式会社]

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アメリカの日本改造計画―マスコミが書けない「日米論」 (E…

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超・格差社会アメリカの真実

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2006-2007年版 医師がすすめる 最高の名医 (別冊月刊現代)

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アメリカ

アメリカ・カナダの旅?です。(3)(by outdoor-manさん)

アメリカ
アラモ砦あとがあるテキサス州サンアントニオ。

日本人がほとんど来ていないようで、有名どころのアメリカの町とは比べ物にならい暖かい人情味のある街でした。

添付の写真は、アナログ写真をスキャニングしたものです。

【旅行時期】1996/09/14~1996/09/27
【エリア】サンアントニオ
【テーマ】出張
【投稿者】outdoor-man

イビサ島へ行ってみた(by かねかねさん)

アメリカ
以前からイビサ島に行ってみたいと思ってて、やっと念願が叶いました。島自体が世界遺産でもあり、たくさんの若者がクラブに集う為に来るというギャップ。情報も少なく行ってみるまで凄く不安だったけど、行ったら最高でした。イビサタウンとサンアトニオだけですが街歩きしてみました。来年はハイシーズンにまた行きたいです。

【旅行時期】2006/09/19~2006/09/21
【エリア】イビサ島
【テーマ】
【投稿者】かねかね

〜陶?(DavidTao)コンサートとB級グルメの香港の旅〜(by Ryokoakさん)

アメリカ
去年の夏の上海公演に続き、香港公演を観に行ってきました。
香港はあいにくの曇り空で、気温も低く、長袖無しではいられないほどでしたが、コンサートとB級グルメ&デザートをアツク報告したいと思います。

【旅行時期】2006/04/14~2006/04/16
【エリア】香港
【テーマ】エンターテイメント・テーマパーク
【投稿者】Ryokoak

動画満載!!イエローストーン&グランドティトン!レンタカー総走行距離1300kmの旅!(by ドラごんさん)

アメリカ
イエローストーンとグランドティトンをレンタカーで回りました!!不思議な色をしたスプリング、大迫力の間欠泉、雄大な山々。晴天にも恵まれ大感動の旅となりました!

【旅行時期】2006/07/13~2006/07/19
【エリア】イエローストーン
【テーマ】大自然・動物
【投稿者】ドラごん

2006 グアム(by me〜♪さん)

アメリカ
去年に続き今年もグアムでダイビング!
ダイビング50本記念をグアムで潜りました。
3日連続でボートダイブ。
1日目と3日目にブルーホールに行き
横穴から上昇と上から潜行と2パターン楽しみました。
やっぱり南国の海の色はキレイだったな〜
直行便を使い滞在日数も延ばして満喫した。
その他はスーパー巡りやレンタカーでグアム島を一周。
日本では見慣れない調味料やお菓子がたくさんあって楽しい。
今年は南国の花に注目してみた。
一番のお気に入りはプルメリア♪

【旅行時期】2006/05/08~2006/05/15
【エリア】グアム
【テーマ】ダイビング
【投稿者】me〜♪

三度目のニューヨーク(by かねかねさん)

アメリカ
今年はマイレージを貯めようと思い、もう1回どこかへ行かないとならず、予算と距離を考えたらニューヨークになってしまった。三回目なので最初は何も期待せず行った。現地でいろんな人に出会い、いろんな所を訪れ、いろんな物を食べた。ニューヨークは何度行っても楽しめ、奥深い所だと思いました。

【旅行時期】2006/11/17~2006/11/22
【エリア】ニューヨーク
【テーマ】
【投稿者】かねかね

鈴鹿F1の思い出(by ジルルカさん)

アメリカ
2006年の日本グランプリをもって鈴鹿インターナショナルレーシングコース(鈴鹿サーキット)でのF1が20年間の歴史に一旦幕を閉じました。
来年からは静岡県の富士スピードウェイでの約30年ぶりの開催が決まっています。

私の家族は、母がアイルトン・セナ、妹がゲルハルト・ベルガー、私はエディー・アーバインのファン(父は特に興味はないようだが家族一緒にF1のTV放送を見ている)という変な一家で、母と妹は91年から鈴鹿に観戦に行っていました。
私は87年のTV放送開始以来TV観戦派を貫いていましたが、94年イタリア・イモラでのサンマリノGPでのセナの事故死から少し考えが変わり、やはり実際に生のF1ドライバーを見てみたいと思うようになりました。
結局鈴鹿へは94年から98年の間の日本GPに足を運びました、以下にその年毎の思い出をつづってみたいと思います。

<1994年>
春に行われたイタリア・イモラのサンマリノGPでセナ、ローランド・ラッツェンバーガーが事故死、ルーベンス・バリチェロが大事故、続くモナコGPではカール・ベンドリンガーも大事故を起こし死線を彷徨う。
そんな悲劇的なスタートを切った94年のF1はベネトン・フォードのミハエル・シューマッハーの一人勝ちのなると思われたが、中盤以降ウィリアムズ・ルノーのデイモン・ヒルが急激にポイント差をつめて日本GPを迎えた。
この年は私は土曜の公式予選2日目のみの観戦、席はB1、シケインから最終コーナーの立ち上がり辺りの席。
当日は生憎の雨だった。当時のレギュレーションでは土曜が雨の場合は金曜の予選1回目のタイムを上回ることが難しく、土曜の予選はレインセッティングの確認だけを行うドライバーが多かった。
印象に残ったのは、マクラーレン・プジョーのミカ・ハッキネンの最終コーナーのラインが他のドライバーと全然違った事と、セナの代役でウィリアムズに乗った元王者ナイジェル・マンセルの存在感・・・彼が出てくるだけでサーキットがどよめく。
あとは雨のなか最後の最後まで走っていたラルース・フォードのエリック・コマスの姿。
それにしてもやっぱりF1は音が素晴らしい、これはTVでは絶対に味わえない。

<1995年>
ベネトン・ルノーのM・シューマッハーがシーズンを席巻した95年は当初鈴鹿には行かないつもりでした、というのも春に行われる予定であったTIサーキット英田(岡山県)でのパシフィックGPが阪神大震災の影響で順延、鈴鹿の日本GPの1週間前に行われることになり、そちらを観戦するつもりだったからです。
しかしF1を2週連続生で見れる機会などそうそう無いと思い直し英田、鈴鹿共に観戦することにしました、ただし出遅れが響き観戦席はバックストレートのK席となった。
この年も雨模様、目の前にオーロラビジョンがあったがレース展開はあまりよく分からなかった。
印象に残っているのは、スプーンカーブでグラベルにコースアウトして砂を拾ったウィリアムズ・ルノーのデイビット・クルサードがバックストレートエンドの130Rへのブレーキングで自分で撒いた砂にのりコースアウトしクラッシュしたシーン、当時の彼は時々そういうポカをしていた。
レースは終始シューマッハーがリードしそのまま優勝、3位に苦労人ジョニー・ハーバート、4位にアーバインが入ったのが嬉しかった。また昨年のモナコGPでの大事故で死線を彷徨ったベンドリンガーがザウバー・フォードから出走したがやはりかつての輝きは戻らなかった、F1に戻れただけでも奇跡に近いがやはりかつての速さを知っているだけに残念で仕方ない。

<1996年>
この年はシューマッハーが戦闘力の劣るフェラーリに移籍、ウィリアムズ・ルノーに乗るヒルがシーズンを通して安定した速さをみせたが、終盤同じウィリアムズの新人ジャック・ビルヌーブ(伝説のフェラーリドライバー ジル・ビルヌーブの息子でアメリカのインディカーチャンピオン)に徐々に追い上げられ鈴鹿決戦を迎えた。
この年は2コーナーのF席で観戦した。2コーナーは追い越しはまず無理でスタンドからコースまでも距離があり迫力という点ではいまいちだけどF1マシンの運動性能を見るには最適、やはりいいマシンはびっくりするほどのコーナリングスピードで曲がっていく。
レースはヒルが終始リードを保つ、ビルヌーブがリタイヤした段階でヒルの年間王者が確定、その後も手綱をゆるめずに優勝した。彼の父グラハム・ヒルも元王者なのでF1史上初の親子王者の誕生となる。
2位にはシューマッハー、3位にはハッキネン、4位にベルがーが入り実力者が上位を占めた。

<1997年>
前年王者のヒルが戦力がかなり劣るアロウズ・ヤマハへ移籍(しかしヒルはハンガリーGPでラスト1周にマシンが壊れるまで1位を走り、その実力を見せ付けた)し、この年はウィリアムズ・ルノーのビルヌーブとフェラーリのM・シューマッハーとの一騎打ちとなり日本GPを迎えた。
シーズン途中にベルがーが来期の休養を発表、その年齢から事実上の引退に等しく、80年代の華やかなF1の匂いを残す最後のドライバーに注目が集まった。
ベルガー最後の日本GPなので彼の大ファンの妹と母と私の3人でメインスタンドのS2で観戦した。家族と並んで観戦するのは初めてだった(これまでは同じ鈴鹿にいながら違うゾーンで観戦していた)。
レースはポールポジションから出たビルヌーブが5位に沈み(レース後に練習走行時の違反行為で失格になる)、M・シューマッハーが優勝した、私が生で初めて見るフェラーリの優勝だった、やっぱりあのチームは人の心を揺らす何かがある。
2位にウィリアムズ・ルノーのハインツ・ハラルト・フレンツェン、3位にフェラーリのアーバインが入った、この2人は全日本F3000出身で鈴鹿には馴染みがあり嬉しかった。
レース終了後、今年で引退が決まっているベルガー(決勝8位)と片山右京(ミナルディ・ハート 決勝リタイヤ)がコンクリートウォールまで出てきて観客に手を振る、みんなで「ゲーハートー」「ウキョー」と必死で声援を送った。

<1998年>
この年はマクラーレン・メルセデスのマシンが開幕以来圧倒的なポテンシャルを見せて他のチームを引き離す展開、信頼性はともかく、ここまで速さで際立つのは92年のウィリアムズ・ルノー以来かと思う。一方フェラーリのM・シューマッハーもこつこつとポイントを重ね、最終戦鈴鹿までタイトル争いを引き伸ばしてきた。
去年のベルガーの引退で私の母と妹はTV観戦派に鞍替え、私は友人と2コーナーのF席で観戦する。
タイトル争いももちろん気になるが、ティレル・フォードの高木虎之介も気になる、マシンがマシンなので上位は望むべくもないがやはり全日本F3000で見せてくれたあのレイトブレーキングは見ものだった。
決勝レースは最初から大波乱だった、1回目のスタート直前プロスト・プジョーのヤルノ・トゥルーリがエンジンストールしスタートやり直し、2回目のスタート直前にはタイトル争いしているM・シューマッハーがクラッチトラブルでエンジンストール!!サーキット全体が凍りつく、声にもならない悲鳴が聞こえる。更にスタートやり直し、M・シューマッハーは規定で最後尾からのスタートとなる。
レーススタート、コーナーを1つ抜け2コーナーに入ってくるマシンたち、うわっ!!M・シューマッハーがもう中段にいる!!
1週後には10台以上抜いてM・シューマッハーが帰ってきた、鬼気迫る走り、マシン自体からなにかすごいオーラが出ている。
高木虎之介がミナルディ・フォードのエスティバン・トゥエロとシケインで接触、やはりトゥエロは経験が浅く高木の鬼のようなブレーキングが想像できなかったようだ・・・マシンの破片が散らばる・・・M・シューマッハーがシケインを越えてストレートを立ち上がってくる・・・おかしい、タイヤがちぎれ飛ぶ!!破片を拾ったようだ。ゆるゆると1コーナーを回り私の視界の中でマインをとめる、コンクリートウォールに座る悔しそうなM・シューマッハーは暫く微動にしなかった。
ハッキネンが優勝で見事年間王者を獲得する、82年以来のフィンランド人チャンピオンの誕生、みんな惜しみない拍手を送る。
2位にはアーバインが入る嬉しい。

98年の鈴鹿のF1は終わった・・・かの様だが、実は続きがあるのです。
実は決勝レースの翌日から鈴鹿で最初で多分最後のF1合同テストが行われたのです。これは翌年からワンメイク供給になるブリジストンタイヤのテストで特に今年他社のタイヤを使っていたチームからの要望で行われたもの。ほとんどのチーム、ドライバーが鈴鹿に残りテストを行った。
テストなので遊園地の入園券さえ買えば観戦?は無料、私も11月3日の祝日に見に行った。
決勝ではなかなか見れない、1コーナーの突込みや、コーナリングを堪能した、のんびりとしたムード漂うなかで見るF1マシン達は素晴らしかった。


この98年を最後に私もTV観戦派に戻り、以後F1では鈴鹿に行っていません。来年の富士もきっとTV観戦だと思います。
でもいつか鈴鹿にF1が戻ってきたら、もう一度レースを見に行きたいと思います。

<完>

【旅行時期】1994/11/05~1998/11/03
【エリア】鈴鹿・阿芸
【テーマ】スポーツ観戦
【投稿者】ジルルカ

アンデスへ13(by buchijoyceさん)

アメリカ
5月31日(火)曇り
午前中のんびりと片づけをしたり、日記を書いたりしていた。PapasanはATMにお金を下ろしに行ったがちっとも帰ってこない。心配してご主人が迎えをだしてくれた。ATMは昨日使ったばかりなのに、使い方を間違えてソルばかり出してしまったのだそうだ。そこへ迎えが来て、ドルの出し方を教えてくれたのだという。

昼近く、ミゲルが迎えに来た。香苗さんが中華とクリオール料理の店を教えてくれた。「クリオールがいい」と私。で、クリオールの店に行く。
「ペルー料理も食べ納めだから、美味しいもの紹介して」
「これは地球の歩き方に紹介されています」なんて言いながらミゲルが名前を教えてくれたけど、名前はみんな忘れてしまった。でも食いしん坊、味はしっかりと覚えている。

食事が終わってから、リマ市街を見下ろせる十字架の建っている400mの丘に上った。もちろん車でである。頂上は真ん中に十字架が立ち、そのまわりはちょっと広い空間があり、売店もある。360度まわって下を眺めている。地肌をむき出した崖のような傾斜地に住宅が高く高く這い登っていく。日本人の感覚では危険度大である。降雨量がすくないから、こういう芸当が出来るのだろう。日本だったら、さっそく土砂災害に遭ってしまう。
「私が日本へ行く前はリマはあそこまででした。それが帰ってくるとこんなに広くなっていました。」
「あそこに見えるのはなに?すごく広い敷地だけど」
「あれは墓地です。あそこは町外れだったのですが、いつしか中心地になってしまいました」
「首都膨張ってのは、どこでも問題なんだなぁ。背景にはいっぱい問題を抱えているんだよ。」

中学生ぐらいの制服姿の女の子たちが先生に連れられてやってきた。カメラを私たちに差し出しているので、シャッターを押してくれと言っているのかと思ったら、Papasanといっしょに写真が撮りたいのだという。Papasanは大喜びで女の子たちの中に入った。
子どもたち、フジモリさんと言っていた。メガネをかけた日本人だからフジモリさんに似ているとおもったのかも。フジモリさんはもっとハンサムだったよ。ということはフジモリさんはまだにんきがあるのかな。フジモリさんは悪いこともしたけれど(何が悪いかは聞かなかった)いいこともいっぱいしたとミゲルが言った。

約束の3時半少し前に天野博物館に着く。日本人団体客がバスで来ていた。するとガイドに金城さんがついていた。なんか友達にあったみたいになつかしかった。私たちの日程を覚えてくれていて、「ラパスから帰ってから天野博物館ではきつかったと思いますよ」と言った。「そうですね、黄金博物館の時みたいに、眠ってしまうかもしれませんね。今日、ここだけはしっかり見ようととゆっくり休んできましたよ」と言って笑った。金城さんはこれから黄金博物館へ団体さんを案内して、明日はクスコに行くそうだ。団体さんの一人が椅子で寝ている。やっぱりお疲れですね。金城さんに「お元気で」、と別れる。

天野博物館のことは来る前からよく知っていた。天野さんが収集したチャンカイ文化についてもいささかは理解している。若い女性が説明についてくれた。見学者は10人ほど。私は耳が悪いので、説明のそばについて聞いている。

先ずはペルーの地形の概要から。海岸線は乾いた砂漠、そしてアンデス山脈、更に中央はアマゾン川上流に当たるジャングル。そうだった、アマゾンと言うとブラジルを思い浮かべるが、ペルーの国土の50%もアマゾンのジャングルだったんだ。

初めの部屋は陶器や土器などが飾られている。特にここの所蔵品はチャンカイ文化のものが主流。チャンカイは海岸部の小さな谷あいに起こった文化だが、長続きしたそう。その後インカに併合されるが、独自の文化を主張していたようだと言う。チャンカイの陶器の特徴は、初めのうちはカラフルだったが、やがて白と黒のモノトーンになった。かなりデフォルメしている。人の顔の陶器が集められていたが、これを見るといろいろな人びとがチャンカイには訪れていたようだ。アラブ人もいれば、刺青をしたポリネシア人の姿もある、それはコロンブスのアメリカ発見よりずっと前から多くの人びとと交流が行われていたことを物語っている。毎度出てくるのですっかりなじみになってしまった年号1532年、スペイン、ピサロの侵略。1821年、ペルー独立。

そうそう、陶器のジャガイモを見て、見学者が「ジャガイモの種類は4500種ある」と言った。「4500種も。じゃぁ改良種を含めて?」と聞くと「原種です」と答えた。原種が4500なら改良種はきっと万をこえているだろう。彼らはジャガイモの見学に行って来たのだそうだ。

次の部屋は織物の部屋。展示されている以外に、布地は一枚一枚引き出しから引き出して見られるようになっている。ここは圧巻。精緻な織、色鮮やかな染めにも目を見張らされたが、特にレースにはただ、ただ感激。しかも羊毛を細く紡いで織っている。更にそのレースに刺繍を施している。展示品の写真を撮ることはできないから、売店で天野博物館の「染織図譜プレインカ」を買ったが、本の写真はいまいちのできばえ。本物はもっと素晴らしいんだけど。ここに紹介したいが、転載禁止なので紹介できなくて残念だ。

ここの赤はコチニールだ。(コチニールは、サボテンを食物とするコチニールカイガラムシの脂肪細胞からえられる赤い色素。天然色素として食品にも使われている)
アジアではラックを使うと言うと説明の女性はラックを知らない。「ラックカイガラムシ。シルクロードの発掘品に使われている染料ですよ。あぁ、ナポレオンのマントも武田信玄の陣羽織にも使われていた。天然の染料は時を経ても色鮮やかに残っている。いまでも染料として使われていますよ」なんて余計なことを教えている。彼女が「染料は分かっていますが、定着に何を使ったかまだわかっていないのです」と言った。「使ったとしたら、身近にあるものだろうねぇ。ラックにはタマリンドって酸味のある果物を使っていたよ」これは香苗さんの分野だ。聞いてみようと思っていたが、どたばたして聞き忘れてしまった。

帰りの飛行機で読むんだと、Papasanは「アンデスの黄金」、私は天野博物館の創設者、天野芳太郎氏の「わが囚われの記」を買った。天野さんって、太平洋戦争当時パナマにいたんだ。パナマの日系人たちが開戦と同時に逮捕され、強制収容所に送られ、米軍にひどい扱いをうけていたその記録だ。しんどい記録だ。

帰って香苗さんに「素晴らしかったです。」というと、「そうでしょう」「特にレースが圧巻でした」「ウチにもあるんですよ」「あら〜、それは残念!見せてもらいませんでしたよ。」

早めに空港に行こう。支度をして部屋を出て、カンツータの早内ご夫妻に挨拶をした。ほんと、自分の家みたいにリラックスできた。渡辺さんも見送ってくれた。私たちが出ると、観光バスが着いた。また忙しくなるね。お手伝いしたかったけど。

空港に着く。運転手さんはここでお別れ。「この三日間とてもたのしかった」と運転手さん。「こちらこそどうもありがとう。Adios!」と握手。

チェックインして、航空使用料を払い、「もう大丈夫だから帰っていいよ」と言ったのだが、ミゲルは「お二人が中に入るまで見届けるのが仕事です」と心配してついている。「じゃぁ、中に入ろう、そうすれば心配しないね」というと「中に入れば心配ない」という。「ほんとにありがとう、ミゲル。たのしかったよ。まだまだ大変だとは思うけど、ペルーには将来があるよ。日本よりずっと活気がある。将来をつくるのは君たちだ。頑張ってね。」と別れを告げて中に入る。

頭ん中はまったく整理できていない。マチュピチュもティティカカ湖も遠い昔のようだ。まるで行ったという実感がない。家に帰って、写真ができてきて、旅行記をまとめて、やっと実感するのかも。(完)






【旅行時期】2005/05/31~2005/05/31
【エリア】リマ
【テーマ】
【投稿者】buchijoyce

スペイン6日目inグラナダ・マドリッド(パート1)(by おおこさん)

アメリカ
朝6時半ごろ、寝ているとなんか鼻の中をツラーっと鼻水が垂れるのを感じて飛び起きる。一回確認したら、特に問題なし、でもなんかまたツラーっと出てきた。ウゲェ〜〜〜〜〜!鼻血だーーー!と飛び起きる。10年ぶりぐらいに鼻血が出た。一体全体何が起きたのか?!昨日頑張りすぎたから??昨夜のサングリアにいっぱい妙なハーブっぽいものが入っていたから??旅行で興奮してるから??とりあえず1時間以上鼻血が止まらなかった。三十路の記念に鼻血出す。ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!それ!あるある探検隊、あるある探検隊・・・・シクシク

今日はグラナダからマドリッドまでの長距離移動!鼻血なんか出してる場合じゃない・・・。もう一回寝て、8時前に起きて、風呂に入ってから、腹ごしらえ。同様にHostelの1階にあるカフェへ行く。また、今朝もあの男前カマレロがいた!う〜ん。う〜んと悩んで、写真を撮らせて?と頼むつもりで、カメラを見せると、私たちの写真を撮ってっていうのと勘違いしたらしく、私が彼の写真を撮ると、へ???って顔をしていた。
 友人とあんなに男前やのに、本人はまったく気が付いていない。絶対十分モデルか俳優か何かになれるぐらいの男前具合やのにと、まるで光源氏のような気持ちになっていた。

 朝食を終え、あのラブリーなおじいちゃんと写真を撮ろうと思って探しに行くとさっきまでいたのに、いなくなってしまってた。残念、無念。

 部屋に戻ると荷物をまとめチェック・アウト。荷物を預けて、バス停を確認しに行く。着いたときにバスを降りたPL.REALのバス停まで行くが、どうも着いた側は特に怪しい様子はなかったのに、反対側は何か雰囲気が怪しい。歩いてても何か妙。気を取り直し、バス停を確認。ルートをチェックしようと2人でバス停の壁に貼られていたルートマップを見ていると、同行の友人が「今、カバン開けられた!」という。私もまったく気が付かなかった。何か後ろにオバサンが近づいてきて、カバンに触る気配がして、カバンを前に回したらしい。いつもは前にカバンをかけているのに、たまたま背中掛けしていたらしい。しかし、幸いにもカバンのカバーが開けられただけで、中のチャック部分にはダイヤル式の鍵をつけていたので、開けるのを諦めたらしかった。友人のカバンの中には、私たちの共同財布が入っており、本当に鍵をしていてよかったと一安心。周りに他の乗客もいたのに、誰も何も言わなかった。

 結局、大きな荷物を持って、ちょっとPL.REALのバス停は危険と判断し、交通量も観光客も多いGran Viaの方のバス停を利用することにした。ホテルに戻り、荷物を受け取りGran Viaに引き返す。33番のバスに乗り、バスターミナルまで行く。開いているカウンターは2つ。ズラーッと人の列ができていたが、比較的早く順番がやってきて、14.24ユーロでマドリッド行きの切符を買う。

1時間ほどの待ち時間だったので、2人ともベンチで本を読むのに没頭していた。ふっと気が付くと何かあたりの雰囲気がおかしい。さっきまで旅行者が回りにいたはずなのに、いなくなっている。しかも、明らかに旅行に行く風体でない男が少しずつ私たちの周りに増えている。ヤバイ!すぐ立ち上がり、友人に「移動しよう」と囁き、家族連れや老夫婦の側に移動する。

 お腹が空いたので、カフェテリアにサンドイッチを買いに行こうと友人に言うと、どうもお腹を壊したらしいという。やはり昨日のハーブ効き過ぎサングリアのせいか?!私は鼻血、友達は下痢。その後、どこの店でサングリアを飲んでもあんなハーブ臭いのは出てきた試しがなかった。一体全体どんなレシピなんだろう。

バスの時間になったので、乗り込む。なぜかスペインのバスは2人でチケットを買っても必ず?!前後にされる。意味がわからない。私たちの席はバスの一番後ろだった。私も友人も席番号からして、通路側の席と勘違いしていて、最初通路側に座っていた。私の隣の席はアメリカ人留学生?ぽい女の子がやってきた。彼女を窓側に座ってから、席番号をもう一度見ると、私も友人も窓側であったことが発覚。そっちが私の席だったから、変わってくれない??とお願いすると、Are You Sure?と聞かれた。Sureに決まってるやんと、席番号を端から数えて、証明してみせた。すると、I don\\\'t mind.と嫌味っぽく言われた。思いっきり嫌そうに変わったくせにん!

 しかし、嫌味を言われても正しい席に座って大正解だった。隣はヒッピー風のカップルで、ずーっとサンダルを履いたまま2人で四人分の席を使い周りの迷惑を省みず寝転んでいた。5〜6時間の移動でこんな奴等の隣は正直絶対やだ。インドで学んだ我慢をしないの精神、いや言った者勝ちの精神。ありがとうインド。
 友人の隣は、物凄いでっかい民族衣装を着たアフリカ人女性。彼女の通路を挟んだ隣の2席をヒッピーカップルの男が足を通路に投げ出し寝ていた。

 そんなこんなでバスは出発。いつサンドイッチを食べようかとゴソゴソしていたが、誰も車内で物を食べていない・・・。マナーなのか?!今、私がサンドイッチを開けば、車内に美味しい匂いがしてしまう・・・。我慢・・・。けど、お腹空いた・・・。結局、2時間半ほど走ったところでトイレ休憩があり、バスが停止し、乗客が出て行ったときに、急いで食べたら、物凄く美味しかったのに、急ぎすぎて気分が悪くなった・・・。前の席のアフリカ人女性も凄い勢いでポテチやらクッキーやらをバリバリ食べだした。やっぱみんなお腹すいてたけど我慢してたらしい。

 その後、またバスは走り出し予定より随分早くマドリッドに到着。バスターミナルはあまり長居したくないので、すぐにMetoro6号線→1号線→2号線→Sevilla駅まで行く。この乗り換えの間、明らかに様子がおかしい人が数多くいたので、必ず子連れ・老人の側に移動するようにした。
 無事駅に着くと私がプリントアウトしてきたホテルの地図を見てもよく分からない・・・。当てずっぽうで道を行くとGran Viaに出てしまい道が違うことに気が付く。友人が珍しく自らガイドブックを開き、地図を見て、「このAgilarの付近なんやんね?とりあえずここを目指して歩けば、近くにあるんじゃないの?」と言ってきた・・・。「おいおい・・・。私たちが泊まるホテルがAguilarなんやけど・・・。元々あんたのガイドブックみて、あんたがAguilarに泊まりたいって言ったんじゃなかったっけ・・・」最初から、ガイドブック開いてたら、こんなでっかい荷物背負って、暑い中うろつく必要なかったんやん。と天然同士で笑う。結局、グルグル駅の周りを回ったが、駅から近かった。

 ホテルは建物の3階、チェックインのため、フロントに行くとフレディー・マーキュリー似の強面のおじさんがいた。何かちょっと無愛想。私たちの部屋はフロントをまた出て、ビルの階段を上がった4階。しかし、4階のメイン扉は3階のフロントに声をかけないと開けてもらえない仕組みになっていた。一応セキュリティーはいいみたい。と安心。荷物を置いて晩御飯を食べに行くことにした。

 マイヨール広場の脇にあるMesonが沢山ある通りのシャンピニオンの店に決定。昔からテレビで何回も見たことがあったので、味は間違いないだろう。

【旅行時期】2005/07/01~2005/07/09
【エリア】マドリード
【テーマ】
【投稿者】おおこ

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